当たる占いについて、いろいろ考えてみたわけなんですが、これは、基本的には、ネットなどで、生年月日を入力することにより、簡単に占えるやり方の場合です。占いの先生に見てもらう時には、また当る当らないは、べつの側面を持ってくることは、いうまでもないでしょう。
先生と直接対面して、話をしながら占いをしてもらう際には、別に占いの先生が人間通でありさえすれば、相手を自分の意のままに動かすことが、可能となってくると思うんですよね。そのテクニックは、占いにかぎらず、様々な分野で応用されているといえるでしょう。
自分の言うことをお、目の前の相手に信じさせ、自分に心服させること。これは、別に占いのチカラを借りるまでもありません。すべての宗教団体が行なっていることでもあるでしょう。オウム真理教が、なぜあれだけ、高学歴な人たちの信仰を集めることができたのか。それは、教義そのものにあると言うよりも、教祖である麻原彰晃の、「人たらし」のうまさによるところが大きいのではないでしょうか。
同じテクニックを、占いの先生だって、使うことは十分可能です。ですから占いは、そのもの自体は、別に当っている必要もないわけですよね。
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ですから、当たる占いは、別にどんなことだって、当たっていると人間は思うものだと、言うことができるでしょう。しかしそれでも、占いには当ると当らないとがあるといわれます。これはどういうことなのでしょうか。
それは要は、占い自体の内的体系が、どれほど魅力的かということに、かかってくるのじゃないかという気がするんですけど、いかがでしょう。例えば占星術なら、生年月日により12の星座に分けられて、さらにそれらは、グループ化され、それぞれがある関係を持っている。こういう、内的な体系の美しさを理解して、その占いが「魅力的」であることを、「当る」と表現するのじゃないかと思うんですよね。
ある体系を理解することは、誰でも嬉しいでしょう。理解とは、人間にとって、ひとつの喜びです。理解した体系が、美しさを持っていて、その美しさを感じ取れると、人間は誰でも、嬉しいものでしょう。その嬉しさを持って、人間は、その占いが「当る」と表現するのではないでしょうか。
ですから、当る当らないは、本当に当っているかどうか、にあるのではなく、人間の知的喜びの発露であると、考えてもいいのじゃないかと思うんですよね。それはそれで、面白いですよね。
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当たる占いが、そうやって、極端にいえばどんなことでも、褒めさえすれば当ると思うと言いましたが、でももちろん、ただ褒めているだけの占いは、信頼性に欠けると感じるところもあるでしょう。誰だって、人間は長所ばかりではなく、欠点もあることを知っている。だから、欠点だって、ちゃんとあげてくれなければ、占いを信じる気持ちにはならないものでしょう。
しかし欠点というものは、だれだって同じようなものなのじゃないでしょうか。どんな人だって、欠点の10個や20個は持っている。だから、欠点として、誰でも持っている、当り障りのないことを言っておけば、それを見る人は、「なるほど」と思うことになるんじゃないでしょうか。
ですから、長所にしろ、短所にしろ、別になんだっていいわけです。どんなものだって、すべての人間に、一般的に当てはまりそうな内容なら、だいたいの人は、「当たっている」と思うことになる。さらに、占いのアドバイスは、だいたいは、誰だってやっておいたほうがいいことが書いてあります。だからそれを信じて、その通りに実践することで、多くの場合、それほど悪いことになることは、ないといえるのではないんでしょうかね。
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当たる占いについては、何を持って、当るといえるのか、ということが、あるかもしれないですよね。占いは基本的に、未来に対して予言するものであるわけですけど、占いを見た時点では、未来のことについては、まだわかっていないわけです。でも占いが当るとか、当たらないとか言うのは、べつに未来まで確認した上で、言うのではなく、見たときに、これは当たっているとか、当たっていないとか、思うものでしょう。
ということは、それは、現在から過去のことについて、当てはめて考えているわけなんですよね。現在の自分の性格だとか、過去に起こったことだとかを、自分自身に当てはめてみて、それが当たっているとか、当たっていないとか、判断することになる。
ところで人間というものは、やはり自分については、いいことを言われると、当たっていると思うものではないでしょうか。どんなことでも、自分について悪くいうと、「それは違う」と、つい思ってしまいがちになる。誰だって、自分を悪くは、思いたくないものですからね。ですから基本的に、自分をほめられたと思うことは、当たっていると思うんじゃないかと思うんです。極端にいえば、占いは、褒めてさえいれば、いいんですよね。
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世の中には、当たる占いと、当らない占いがあるのは事実ですよね。私も、占いは大好きです。占いって、「怪しい」とかいう人もいるんですが、まあそういう人には、言わせておけばいいということですよね。占いは、べつに根拠があるわけではなく、「信じるもの」ですから、信じたい人は信じればいいし、信じたくない人は、信じなければいい。
でも、まあ私も、今軽々しく「根拠がない」と言ってしまいましたが、占いも、きちんとそれなりの根拠を示しているのは確かです。天体の運行とか、そういうものが、人間の性格や運勢に影響を与えると言うわけです。ただ、それが科学で示されるような、客観的なものであるかどうかは、たしかに疑問の余地もあるでしょう。
ただ物事、どんなものでも、客観的な証拠をつけて、主張できるのかといえば、そういう訳でもないですよね。世の中のほとんどのことは、科学的に裏付けができないものだと言って、いいのではないでしょか。
とくに人間の「心」に関することは、科学では、未だに解明不能だといえるでしょう。ですからみんな、政治でも、文化でも、何かを無根拠に「信じる」ことで、生活を成り立たせているとも言えるんじゃないかと思います。
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